『昼の花火』
子どもの頃、花火で遊ぶのがどんなに楽しみだったか。この詩はその子ども心がとても伝わってくる詩です。あまりに楽しみで、昼間一人でだまって線香花火で遊んでしまった・・・。そのあとのなんとも寂しい思い。
楽しいことは、みんなで一緒に味わうのが一番ですね。ちゃんと待つことの大切さも、いろんな経験、失敗から分かることも沢山です。この夏休みも、いろんなご家族にいろんなドラマがあることでしょう。一つひとつ、大人になっていく子どもたちの経験、体験、優しく見守ってあげたいものです。
『波』
夏休みは海水浴を楽しむ中で、海を眺めるひととき、海辺を歩くひとときも楽しいものです。みすゞさんは、波の様子を、あるときは『子ども』、またあるときは『消しゴム』、そして『兵士』とまで表現し、最後には『忘れんぼ』だと表現します。 詩人の目線、眼差しはこんなにも美しく優しく可愛い世界を見つめているのかと、読む側の心が優しくなる、そんな素敵な世界が広がります。暑い夏にこそゆったりと、金子みすゞの詩の世界を味わうのも、とても気持ちがいいものです。
『七夕のころ』
もうすぐ七夕。みすゞさんはそのロマンチックな七夕を、人間だけではなく、自然界も、その七夕を味わっている光景を詩にしています。笹薮の笹のささやき、美しい天の川をみつめている海のなげき・・・その描写がまた、美しい七夕を、切ない七夕を彩っています。
『ひろいお空』
町で見上げる空の端は、建物の影に隠れます。町に住む子の思いは、天の川が一目に見える、海の果てまで続く天の川を見てみたい、そんな夢を描いている。私は、コンサートでいろんな県外の町から山口に帰って来たときに見上げる夜空が大好きです。ひろいお空、深い夜。きらきら瞬く星の美しさが、心を癒してくれます。
『赤土山』
山口県の山々の景色にも、削られている山を見かけますが、町へ売られる赤土と、赤土山で生きてきた赤松の悲しい別れの物語です。みすゞさんの心のフィルターにかかると、人間以外の世界にも様々なドラマがあります。私たちの生活に欠かせない土や石たち、そしてそこから栄養をいただき育つ植物たち。私たちが普通に使っていたり、何気なく見つめているものが、とても愛おしくなってきます。
『石ころ』
自分では動かない石、動けない石。この詩は、道を通る人や馬たちをつまずかせる石ころが、けろっととぼけている表情が夕暮れの空に溶けてゆくような、そんな描写です。小学校でのコンサートでよく歌う詩ですが、子どもたちの感想文には、この石ころの「自分では動けない切なさ」を感じてくれていた言葉もありました。もしかすると、動けないから、つまずかせて、「自分はここにいるよ」と話しかけているのかもしれません。
『山の子、浜の子』
町へと出かけた、山に住む子どもと浜に住む子ども。同じ町のはずなのに、「町には何がありました?」という問いに、山の子と浜の子の答えは全く違うものでした。
山の子は山で見慣れた茱萸(ぐみ)の実が道に落ちている風景、浜の子はいつも眺めている空が、道の水たまりに映っている光景です。
私たちの‘視点’は、暮らしている環境に大きな影響を受けて、初めて見る町の印象も、全く違うものになるんですね。ということは、自分が見ていないものを、誰かに「どうだった?」と尋ねても、それがそのまま自分が感じ取るものではないかもしれないんですね。だから、自分で見て感じることと、他人が見て感じることの両方を受け止めること、とても大切だなと思います。
金子みすゞさんの詩の‘視点’には、いろんな人間の立場の視点が描かれています。金子みすゞ記念館館長・矢崎節夫さんの著書「童謡詩人 金子みすゞの生涯」に記されている、母親ミチさんがよく言っていたとされる「物事をいろんな角度から見つめてごらん」という眼差し。その影響が、この詩にも見え隠れしています。
『燕の母さん』
金子みすゞさんの実家跡に建てられた、金子みすゞ記念館。実はその記念館の通路には、毎年燕が巣をつくり、子育てで忙しいお母さん燕が行き来する光景がとても微笑ましいのですが、この詩を詠んだみすゞさんが、当時暮していた頃にも、同じような光景があったことが、なんとも嬉しい気持ちになる詩です。
ぜひ多くの方々に、当時の面影が今も残る仙崎のまちを、みすゞさんが愛した故郷・仙崎を、いろんな詩を思い浮かべながら散策していただきたいです。
『浜の石』
浜辺にある石を見つめる時、波と重なる石を皆さんはどのように見つめますか?
海の中へと潜る、隠れる、沈む石・・・。
みすゞさんは、「浜辺の石は偉い石、皆(みんな)して海をかかえてる。」と表現しました。
この視点の違いにハッとします。石たちがみんなで海を抱えていると。そう思って見てみると、まるで景色が変わります。見えないけれど、大きな大きな石の器が海の底に見えてきます。物事の視点をちょっと変えてみると、思ってもいなかった立場や状況が見えてくる。これは、私たちの社会を見つめる眼差しにとても大切な要素ですね。
日常の眼差しを、クルっとひっくり返して見つめる金子みすゞの眼差し。いつも、学びの多いみすゞさんの詩です。
『朝顔の蔓(つる)』
朝顔が空へ空へと伸びていく懸命な姿を、金子みすゞさんらしい描写で表現されている詩です。
「伸びろ、朝顔、まっすぐに、納屋のひさしがもう近い。」朝顔へ向けたエールの眼差し。みすゞさんは、人間にも植物にも全てに心を傾けていて、一緒に懸命に生きている仲間のように見つめます。人は、人間以外の姿からも、人として生きるメッセージを受け取ることもありますね。みすゞさんの詩は、そんなメッセージがたくさんあります。健気に頑張る朝顔の伸びる姿は、これからの季節の楽しみのひとつという方も多いのではないでしょうか。自分の思いも重ねながら・・・。
『おねんねお舟』
金子みすゞさんの故郷、長門市仙崎。現在、青海島には橋がかかっていますが、当時は渡し舟で行き来していました。その舟の様子を詠っています。人の営みに欠かせない舟が、荷物を運んで、また新たな荷物を積むまでの間、ゆっくり休憩しています。やさしい波にゆられて、おねんねの様子です。
みすゞさんの眼差しでこの世の中を見つめると、人も物もみんな一緒に生きていて、みんなそれぞれのお仕事を頑張っている光景が優しく映ります。みんなが大切な存在ですね。
『私の髪の』
小さい頃、自分の容姿を気にする気持ちが、とても可愛らしく表現された詩です。自分の素敵なところはお母さんのおかげ。気に入らない、欠点に思うところは自分のせいにしています。でも…そんな欠点にも落ち込まないで、開き直って、受け入れている様子に明るさがあるのが、金子みすゞさんの素敵なところです。
自分の欠点をしっかり見つめて変えていこうという気持ちと、明るく受け止める気持ちのバランス… 大切ですね♪