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昭和の いつの間にかできるようになっていたこと

2024年06月02日

昭和46年生まれ52才、高橋裕です。
 
今日は「昭和のいつの間にかできるようになっていたこと」で30分。
 
昭和のいつの間にか出来るようになっていたことで思い出したのは「歌謡曲」です。
カラオケボックスが無かった時代、カラオケはスナックで歌うものでした。見ず知らずの人達の歌を聞きながら、自分たちの順番待ちをしたものです。普段は殆ど聴かない演歌や歌謡曲でも、何回も何回も聴かされているうちに、自然と歌えるようになった曲が幾つも有りました。
「酔っぱっらっちゃった」、「六本木ララバイ」「雪列車」等は今でも私の十八番です!
 
さて、次回6/2は「昭和のいつの間にかできるようになっていたこと」で行きましょう。
九九、スポーツシューズの蝶々結び、水たまりを超えるジャンプetc“いつの間にか”とか“ある日突然”できるようになっていた事ってありますよね。お待ちしております!
 
小学1年生の時、水泳の時間、25m泳げませんでした。夏休みはプールが2時間位開放されていてよく近所のグループで行っていました。もちろん泳ぎの練習はせず遊んでいました。ですが夏休み明けの水泳大会で25m初めて泳げました。遊びながら鍛えられたのかもしれません。
昭和らしいのは、かまぼこ板に、住所氏名を書き、その板を当番の保護者に渡してプールに入ります。帰る時にその板を返してもらいます。
わざわざかまぼこ板を買った年もありました。
 
見よう見まねで、できるようになっていたのは「缶切り」です。
10歳の時、親が留守の時に“桃の缶詰を勝手に食べよう”と缶切りを初使用。
小一時間かかった記憶があります。桃缶、今でも好きです。白桃より黄桃ですね、やっぱり。今の学生のアルバイトさんは、ほぼ100%、缶切りが使えません。そこから教えないといけません。栓抜きも使えない子が多いようです。
 
「フーセンガムで風船を作れるようになっていた」事です。
幼稚園の頃から、味の濃い、甘いフーセンガムが大好きでよく食べていましたが、小さい頃はフーセンがつくれませんでした。
父親や、親戚の叔父さん、お兄ちゃんにガムをあげ「風船をふくらまして!」と懇願していました。
皆が作ってくれる、大きなフーセンや、3連、4連のフーセンに羨望の眼差しを向けていたものです。
作り方を教えてもらっても、中々上手くいかない時期が長く続いていましたが、気が付いたらできるようになってました。それがいつ、何歳の頃かはハッキリ覚えていませんが、初めてフーセンが出来た時の「嬉しい気持ち」だけは心に残っています。
 
さて、次週、6/9のテーマは「昭和の初めまして」で行きましょう。そろそろ、新人さんが現場にデビューする頃、中学・高校・就職、部活、習い事、アルバイト。昭和のころの「初めまして」の思い出・エピソードお待ちしております!
 
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「このタイヤは喰いつきがええ~というヤツがいるが喰いつかんタイヤを見たことが無い」という山根さんの顔をご覧ください!


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