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昭和の 庭 PART2

2026年03月22日

今週は「昭和の 庭 PART2」で30分。昭和時代の庭エピソードは多種多様ですね~。

 

≪昭和38生まれのリスナーさん≫

自分の母方の爺さんは、大工では無かったんですが、住んでいた家も自分で建てて、ひとんがたも建てに行くぐらい器用な人でした。

その母方の家の庭には、爺さんが作った池があり、池の後ろには高さ2メートルぐらいのセメントで作った富士山があったのを記憶してます。

母親が話してましたが「けっして家族からは好かれていなかった」「自由気ままな」爺さんでした。

でも、自分は父親が早くに亡くなってましたので、父親の様な存在で、大好きな爺さんでした。

 

≪昭和39年生まれのリスナーさん≫

昭和の庭で思い出したのは、「縁側」です。

庭の有るお家には大抵、庭に面した所に板張りの通路がありました。

庭付き一戸建てに住んでいても、庭に向かって腰掛けて、お菓子を食べる、お酒を飲む、等々の話は、今では殆ど聞きませんね。

 

≪昭和43年生まれのリスナーさん≫

当時、中学1年の頃、父の転勤で仙台市から福岡市に引っ越しました。その時の住まい(もちろん賃貸です)は、平屋で庭もテラスがあり、かなり広かったのを覚えてます。そして、この庭には、柿の木があり「柿が食べる事が出来る!」と期待したんですが、父から「後日に、大家さんが来て、柿を収穫するから、勝手に取らないように」とくぎを刺され、がっかりしました。

よく考えたら、そこに約5年半住んでましたが、1回もそこの柿をもらう事もなかったので、母も「大家さん、ケチだったね」と言ったのは、言うまでもありません。

 

≪昭和38年生まれのリスナーさん≫

子供の頃、実家は兼業農家でした。ご近所もほとんどがそうでした。南に向いた家、門田(かどた)と呼ばれる田んぼ。その間に、細長い庭がありました。春には田植え前の苗を育て、秋には収穫した稲を庭で脱穀します。

摘んだお茶の葉や椎茸をゴザに広げての天日干し、家族総出で行う、家中の畳干しも庭でやっていました。ほとんど作業場でした。

 

≪昭和43年生まれのリスナーさん≫

昭和の庭と聴いて、3歳(S46年夏)の時の場面が思い浮かびます。

両親共に花好きで、日除けの為、竹を組んでヘチマを育てていました。実は枯れた後、タワシにして身体を洗っていました。それと手作りの池もあり、お祭りで取った金魚を入れて飼っていました。猫に取られないように金網をかけていました。

 

さて、次週3/29のテーマは「昭和の屋台」で行きましょう。

今ならキッチンカーなんでしょうが、おでん、ラーメン、焼き鳥、リヤカー、あたりに漂う独特な匂い、チャルメラの音、真っ赤な提灯etc昭和の頃に体験した屋台にまつわる思い出・エピソードをお待ちしています!

 

そして、ご昭和くださいの「X」、#kryshowaでご覧ください。ラジオ放送の前日、毎週土曜日に翌日の放送分のちょっと良い場面を動画でUPする予定です。ぜひ、“フォロー”と“いいね”をお願いします。


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