ご昭和ください

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昭和の食パン

2026年07月05日

今週は「昭和の食パン」で30分。

昭和の頃の食文化は懐かしい話が満載です。

 

≪昭和39年生まれのリスナーさん≫

小学生の時に、風邪で休んだ人には、給食で出た食パンを、家まで持って行ってあげていました。

また、食パンを食べずに、机の中に入れたままにして、カビてた友達もいました。

 

≪昭和31年生まれのリスナーさん≫

小学高学年になった頃毎日コッペパンだけだったのが、週イチぐらいで食パンの日がありました。四角いパンにキャラメルぐらいのおおきさのマーガリンを塗ってパタンと半分に折って食べていました。食パンが珍しくて食パンの日が楽しみだったのを覚えています。我が家にトースターが登場したのは5才上の姉が松下電器に務め始めた昭和45年頃です。ポップアップトースターで赤いボディーだったような気がします。勢いよく飛び出すので手をトースターの上で待ち構えていたあの頃を懐かしい事を思いだしだしました。

 

≪昭和42年生まれのリスナーさん≫

子供の頃、お店で売っている食パンと云えば、6枚切か8枚切。6枚切は、たま~に家の朝ご飯に登場すると、ちょっと嬉しかったです。8枚切は、もっとたま~に、サンドイッチで登場することも、ありました。小学校の給食で、時々食パンが登場して、ジャムやマーガリンを塗って食べてましたが、チョコのスプレッドが一番美味しかったです。現在のように、4枚切や5枚切をトーストして、バターを塗って食べるのは、贅沢なんでしょうね!

 

≪昭和38年生まれのリスナーさん≫

食パンと言えば、八枚切りか六枚切りでした。うちは八枚切りを毎朝食べてました。それが気がついてみると八枚切りがスーパーから消えてました

六枚切りは私には多すぎます。

 

≪昭和30年生まれのリスナーさん≫

昭和40年代の小学生の頃、給食のパンはほとんどコッペパンでした。何年生の頃かは忘れましたが、食パンが時たま出され、それが美味しかった記憶があります。あの時代に比べ、今の食パンは色々な種類があり、とても美味しいです

 

≪昭和42年生まれのリスナーさん≫

昭和53年、小学校5年の時、学校全体の子供会でオリエンテーリングが開催され、各自お弁当を持って行く事になりました。母の作るお弁当は、むすびと玉子焼きとウインナーが定番だったのですが、 その時、私はキナってみたくて(?)、「サンドイッチにして!」と注文。当日、楽しみにお弁当箱を開けると「食パンを切ってイチゴジャムを挟んだもの」が入っていました。でも 昼ごはんなんだから、玉子サンドとかハムサンドでないと食べた気がしません。母の料理は、砂糖醤油で煮たものやナマズなど 田舎料料だったので、洋食の概念が無かったのだと思います。私は、おやつのようなジャムパンを食べながら、「 これからの弁当はやっぱりおむすびにしよう」と思ったのでした。

 

≪昭和49年生まれのリスナーさん≫

昭和58年のある日、当時、家の近くに和洋菓子屋と駄菓子屋を兼ねたパン屋さんがあり、その店から母親が“焼き立て、出来立てホヤホヤ”の食パンを買ってきてくれました。おふくろが包丁で切ると湯気が湧き出て、食パンの断面にバターを塗ったらその湯気でバターが溶けて染み込み、食べてみるとぶち旨かったのを今でも覚えています。

 

さて、次週7/12も「昭和の食パン」で行きましょう。パンの耳を揚げる、ばあちゃんは甘いインスタンドコーヒーに浸けて食べていたetc次週も昭和時代の食パンにまつわるお話をお待ちしております。

 

なお、次週以降、高校野球中継があった場合は、昭和くださいはお休みです。雨などで試合が順延になった場合は通常通り放送いたします!

 

そして、ご昭和くださいの「X」、#kryshowaでご覧ください。ラジオ放送の前日、毎週土曜日に翌日の放送分のちょっと良い場面を動画でUPする予定です。ぜひ、“フォロー”と“いいね”をお願いします。


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