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昭和の 我が家の常識PART2

2024年03月24日

昭和46年生まれ52才、高橋裕です。
 
今週は「昭和の 我が家の常識PART2」で30分。
 
私が幼い頃、母が「ハンバーグよ」と言って出すのはひき肉の料理ではなく、魚肉ソーセージを太くしたようなやつを切って焼いたものでした。
我が家ではあれをハンバーグと呼んでいたので、ハンバーグはああいうものだとけっこう大きくなるまで思い込んでいました。
 
小学生のとき、勉強は宿題だけしてたらいい、と言われてました中学、高校も勉強について、何も言われることはありませんでした
 
『電気製品を使ったら必ずコンセントor電池を抜く!!』
わが家では、冷蔵庫以外の電化製品は、使い終わるとコンセントから抜いたり、乾電池等取り出していました。
ある時、台風で、停電になった時は、明かりを探すのにそりゃあ~大変でしたが、それからというもの、父は臆することなく停電しそうなときは、なぜかあらかじめローソクをつけてやりくりしていました。相当、頑固者の父でした。
 
徳山に出かける時は必ずと言っていいほど よそ行きの格好をさせられました。
当時の徳山の街は今とは違ってと「ても賑やかで華やかだったからではないかと」今となって推測しております。
 
「貸したお金はあげたと思いなさい」です。
お金を貸すなら、戻ってこないという気持ちで貸すことです。
入社当時、独身寮の先輩に1万円を貸したんですが、その先輩はそのまま転勤となり、結局返してもらえませんでした。
戻ってこないと思い、貸したんですけど、40年以上前の話ですが、
やっぱり未だに覚えてはいるんですよね。
 
我が家は和食中心で、小学校4年生から祖父母と同居していたので、魚料理、野菜の煮物が中心でした。
たまに父の妹(私の叔母)か来てくれると、普段食べた事のない料理を作ってくれるのが、楽しみでした。
その料理の中でもホワイトシチューを作ってくれたのは良いのですが、我が家には洋食器がなく、汁椀で代用して、美味しく頂きました。
後日、学校の調理実習でシチューを作る事があり、学校には洋食器が揃えられている事に感激し、友達に「この前、ウチのシチュー汁椀に入ってたんよ。」と笑い話でお喋りしました。
学校から帰って、その話を母に言うと、「恥ずかしい事をベラベラ喋るんじゃない」と、すごく怒られました。
 
我が家では、カレーライスを食べるとき、箸で食べていました。
しかも、塗り箸を使って食べるのが常識でした。
そういうものだと思っていたから疑問に思いませんでしたが、給食でカレーが出たとき、先割れスプーンを使ったら、とても食べやすい。
なぜ、箸で食べるのかを聞いたところスプーンが皿に当たる音がカチャカチャうるさいからということでした。
なので、その後もしばらく箸で食べていました。
 
さて、次回3/31は令和5年度最終日ということでネタのクリアランス“いつか読みたいBOX”からご紹介します。
お楽しみに!
 
そして、ご昭和くださいのYouTube動画、毎週水曜日更新です!
https://www.youtube.com/watch?v=vob3GOn1r2I
「昭和のノドがカラカラ」
山根さんの素朴な質問「マイナスイオンのイオンって何ですか?」


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