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昭和の測定 PART2

2026年04月17日

今週は「昭和の測定 PART2」で30分。“はかるもの”っていろいろあるんですね~。

 

≪昭和43生まれのリスナーさん≫

小学生時代に「クラス対抗体力測定大会」がありました。いろいろな競技があり、100m走や、1000m走にリレー、走り幅跳びに走り高跳び等、順位で点数をつけ、クラス順位を争うものでした。

自分はソフトボール投げにエントリー。出る人は、当然、少年野球をやってる人間ばかり。自分なんかは、野球は遊び程度しかしてませんでした。でも、結果は野球経験者相手に2位になりました。

 

≪昭和38年生まれのリスナーさん≫

「牛が居なくなった牛舎兼倉庫を建て替える」と親父が言い出したのが中学1年の時でした。

二階には勉強部屋ができる計画。どこかの建築会社に頼んだのかと思ったら、休日や仕事から帰宅後に、親父が1人で作業を始めました。家の土台を作る時、手伝わされたのが「水盛り」と言う作業。水を充填した細い透明のビニールホースで水平な位置に鉛筆で印をつけていきました。

「基礎が一番大事」と言ってました。

完成した勉強部屋で中高生時代を過ごし、熊本県の測量の専門学校に進学しました。

レベルと呼ばれる望遠鏡のような器械で測ると水平が解ると言う事を学びました。

 

≪昭和43年生まれのリスナーさん≫

昭和の測定と言えば水泳部での「100M平泳ぎ」。

自分が中学生の時は、1分30秒を切るとインターハイに出場が出来たんですが、自分のタイムは、1分30秒から1分31秒の間でした。先生から「0.5秒くらいだしどうにかしてやろうか?」と、温かい申し出が有りました。しかし、当時の私は、「大きな大会で、ビリを泳ぐのはイヤ」と断った記憶が有ります。今、思えば出ておけば、良かったかな?と、思っています。

 

≪昭和39年生まれのリスナーさん≫

「昭和の測定」で思い出すのは「スピードガン」です。中日スタジアムで球速表示が始まった昭和55年、中日ドラゴンズの小松辰雄投手が150km/hを連発し「スピードガンの申し子」と呼ばれていました。

その年の夏休みに、近くのショッピングセンターで

「スピードガン球速測定イベント」が行われ友達と参加しました。帰宅部の高校一年生の全力投球は90km/hが精一杯だったと記憶しています。

 

≪昭和27年生まれのリスナーさん≫

私の中学時代は、学校の規則で男子はみんな、丸刈りでした。月に一回、頭髪の検査があり、先生が手のひらを頭に乗せ、指の間から髪の毛が伸びていたらアウト!すぐさま先生がバリカンで10センチぐらい5厘カットに。一部分だけで恥ずかしいので散髪して登校しました。

 

≪昭和39年生まれのリスナーさん≫

小学校では体力測定とスポーツテストがありました。握力測定で思い出すのが測る時に測る手を脚とか身体に押し付けると力以上の数値が出るので、いかさまをするやつが中にいましたよ。

 

≪昭和55年生まれのリスナーさん≫

ファミコン世代ど真ん中の私にとって、かつて絶対に負けられない「測定」がありました。

それは「連射」です!ただひたすらに10秒間、誰よりも多くボタンを叩いた者が一番偉い。そんな単純明快な遊びに、私たちはあの手この手で興じたものでした。

我が家には、“シュウォッチ”という連射測定のためだけに生まれたおもちゃが今も残っています。

ある日、8歳の息子が押し入れからそれを見つけ出し、無心にボタンを叩いている姿を目撃しました。かつての自分を見るようなその光景に、私は思わず目を細め、微笑ましい気持ちになりました。

しかし、ふと画面に表示された彼の記録を見ると、かつての「猛者」としてのプライドが騒ぎます。おぼつかない手つきで必死に挑む息子を横目に、私は心の中で静かに呟きました。

「悪いな。その程度なら、まだ父さんの勝ちだ」

いつか追い越されるその日まで、この小さなボタンの上の記録だけは、全力で守り抜こうと思っています。

さて、次週4/26は新テーマ、「昭和の新品」で行きましょう。おNEWです。お下がりでなく新品。新品の靴のマジックテープはよくくっつく。山根さんは“新車の匂い”がお好み。昭和の頃、新品を手に入れてワクワクした思い出、エピソードをお待ちしています。

 

 

そして、ご昭和くださいの「X」、#kryshowaでご覧ください。ラジオ放送の前日、毎週土曜日に翌日の放送分のちょっと良い場面を動画でUPする予定です。ぜひ、“フォロー”と“いいね”をお願いします。


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