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昭和の蓋(ふた)

2026年09月27日

今週は「昭和の蓋(ふた)」で30分。

牛乳、コーラ、風呂、鍋蓋etcいろんな蓋話が出てきました。

 

≪昭和35年生まれのリスナーさん≫

私が小学生の頃、父や叔父さんが、瓶ビールを開けるのに、栓抜きを使わずに歯で開けたり、瓶の口のあたりを握り、

割り箸や車のキーなどを、握った親指あたりに引っ掛けて、テコの原理で開けているのを見て、かっこいいなと思っていました。

 

≪昭和34年生まれのリスナーさん≫

昭和の蓋で思い出すのが、昭和40年頃、私の父が仕事で年数回東京出張に行き、土産に買ってきてくれた、「榮太樓飴」の缶の蓋です。開けるのに付属の金具を使って、真空状態の缶を「プシューッ」と開けるのが何だか楽しくてドキドキしたのを覚えています。黄色、赤色、緑色の缶がありましたね。

 

≪昭和35年生まれのリスナーさん≫

これもフタと言っていいか分からないけど、瓶コーラとかの王冠、

あの王冠の裏側のゴムのようなのを取ると、王冠の裏側に「当たり」とか書いてありましたよね。

 

≪昭和42年生まれのリスナーさん≫

昭和50年代小学生だった世代としては、ジュースの蓋、「王冠」が心に残ると思います。昭和51、2年頃ですが瓶のコカ・コーラ製品の王冠は、裏面の裏ブタを剥がせば、「スーパーカー」のイラストがデザインされており、友達間ではちょっとしたブームでした。カウンタックなどのメジャー車もあれば、こんな車もあったんだというような知らない車もあり、ジュースを飲んで王冠の裏ブタをめくるのが楽しみでした。

 

≪昭和39年生まれのリスナーさん≫

独楽回しと鬼ごっこを合わせた遊びです。鬼も子も独楽が回ってる間しか動けません。その独楽を回すところは、浅田飴の缶の蓋です。独楽に紐をかけて、回し投げてタイミングよく蓋にのせます。今思うと器用だったなぁと思います。

でももっと上手い子は浅田飴より小さいアリナミンの蓋にも、のせていました。

 

≪昭和39年生まれのリスナーさん≫

昭和55年頃、部活帰りに、友達のお店で、ビンジュ-スを飲むのが、流行っていました。それは、王冠の裏のスターウオ-ズの当たりくじをみんなで当て、もう一本を回し飲みをする事でした。王冠の裏のねずみ色のプラスチックを千枚通しで開けて、大騒ぎした思い出です。

 

≪昭和42年生まれのリスナーさん≫

なんと言っても牛乳のフタ。小学生の頃は、このフタをメンコみたいにして遊んでましたが、よそで手に入れた物など、珍しいのは別にコレクションしてました⤴

 

≪昭和43年生まれのリスナーさん≫

子供の頃のフタと言えば、「牛乳などのフタ」です。フタをメンコ代わりにして遊んでいました。やはり、給食などの牛乳瓶のフタは人気が無く、滅多に手に入らない飲み物のフタが人気でした。普通の牛乳瓶のフタより、少し大きなフタでズルをするヤツが居たのを覚えています。

 

≪昭和35年生まれのリスナーさん≫

私が小学生の頃、自宅のお風呂は五右衛門風呂でした。そしてお風呂の蓋は木製の丸い蓋でした。新品のうちは良いのですが、古くなると湯気で蓋の一部が朽ちてきて、木くずがお風呂に浮かぶように。そうなると、蓋を替える目安になってました。踏み板も木だったので、ダブルで木くずがお風呂に浮かぶことも有りました。

 

さて、次回のテーマも「昭和の蓋(ふた)」で行きましょう。牛乳瓶の蓋でメンコをしたという話がたくさん来ましたが、高橋少年の小学校では一回り大きいヨーグルト瓶の蓋のメンコも流行ってました。次週も、昭和の頃の蓋(ふた)の思い出をお待ちしています!

 

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